インタビュー2015〜ウダラ編・その3〜

その3:あきらかに見る、ということ

タリカ:仏教徒は誰もが最初に学ぶ「四聖諦」っていうのがあるんだけどね。

クリスの奥様のはなえさん、彼女は仏教のお寺のお嬢さんなんだけど、
四聖諦についてちゃんと説明できる人は少ないんだっておっしゃってたわ。

クリスはこれについてちゃんと話してくれるっていうから
楽しみにしているんだけど、かいつまんで話すと、
この「諦」という字は「あきらめる」っていうことじゃないんだって。
あきらかにみる」っていうことらしい。

そういう風に解釈したら、「世界は苦しみである」っていう真理、
これは「苦しみの原因をあきらかにみる」ってことなんだよね。
訳が違うと全然違う意味になってくる

ウダラ:「あきらめる」って聞くと、そこで止めちゃう感じがするものね。

タリカ:あきらめるって、辞書で引くと「超然として見る」っていう説明が出てくるの。
これはスピリチュアル・ピープルがよく使うんだけど、
「私にはまだ時期じゃないみたい」とかね、納得のいかないことがあっても
超然として「仕方ないです」って言って引き下がるような。
本当は内側じゃ煮えくり返ってたりして。

ウダラ:まぁ、それはひとつの例としてね。「今じゃない」って
よく聞くやりとりだよね。「来世でやります」みたいな。

タリカ:そういう風にして、逃げて行っちゃう。苦しみの根本から逃げて行っちゃう
悟ったようないい人のフリをしているのよね。

ウダラ:社会生活の中でもね、一見大丈夫そうに見える人とか
全て上手く行っているように見える人を紐解いていくと、
混乱している状態が表面上に出ている人より根深かったりする気がするの。
ここ数年、「わたしは大丈夫です」って言っている人の状況を
よく聞いてみるとかなり悲惨な状況なのね。

タリカ:それはSNSの功罪もあると思うんだよね。
「何の問題もありません。毎日ハッピー♪」みたいなね。
あまりにもそれが繰り返されるとさ、「あれ?」っていう
違和感が出て来たりする。微妙だなって思うわ。

ウダラ:少し前だったら苦しみであったはずのことが、大した
苦しみでもなくなっちゃってるというか。
「世の中ってそんなの当たり前じゃない?苦しいって思う方がおかしいのよ」みたいな。

例えば、育児してるのに誰も協力してくれない社会って、
普通に考えたらおかしいはずなのに、それが普通、みたいな。
すごく危うい。

でも、「私には自分の内面に触れていくコーチングはわかってますから必要ないです。
もっと簡単に使えるスキルが学びたかったんです」とか言われちゃう。

タリカ:砂漠のような世界になりつつあるよね。
皆がスキルやHow to を学べばなんとかなるって思っちゃってるところがね。

ウダラ:「壊れたレコード」っていうスキルがあってね、
通じない相手には、フラットになって「やってください」「やってください」と繰り返す…。
効率がよい安易な方法が求められるんだよね。

タリカ:売れてる本とかはそういうスキルを集めて
メソッドに仕立て上げてるけど、人生ってそうはいかないじゃない…。

ウダラ:一時しのぎだよね。それで上手くいっってると思っちゃう方が危険。
感情を見ないで目が覚めていない人々をコントロールする、みたいなね。

タリカ:無垢っていうスタンスから見ると、それは無知、無明という感じだね。

クリスはそこがすごい無垢なんだよね。分析なんてするもんじゃないけど、
あえて言葉にしようとすると、そこがポイントだよね。

ウダラ:無知な人は、見た目とかその人の所有しているものが判断基準になる。
クリスは見た目はむしろ子供!?みたいな雰囲気だよね。
実際は全部、通った後にあの姿になったっていうかさ。

タリカ:全部通り越すと無垢になる。

その4に続きます!

<記事構成・スタッフM>
タオイストジャパンのweb構築、事務、広報すべての活動をアシストする裏方スタッフ。
現在子育て中。去年のドラゴンゲートサンクチュアリの後に無事出産しました。
今年は託児スタッフとして現地参加か?